認識と誤謬U[2009年07月03日(金)]
§2
我々はこう考えることができる。すなわち、ウサギは、キャベツや人間、イヌやウシの典型的な表象を早所有し、従ってウサギは、当該の知覚や、付随的な典型的表象に結びついているところの直近の諸(観念)連合(Associationen)の結果、第一の表象(キャベツ)によって惹きつけられ、第二、第三の表象(人間およびイヌ)によって逃走し、第四の表象(ウシ)に対しては無関心である。しかしこの動物の経験が増えるにつれ、これら典型(キャベツや人間)の各々という対象についての共通の諸反応が、より多くウサギの知るところとなる。その諸反応は、全てが同時に、ウサギの持つ表象のうちに、活き活きと起こり得るわけではない。この動物が、キャベツに似たある対象に惹きつけられる場合、即座にそれを吟味するような動作が引き起こされ(ausgelo:st)、匂いを嗅いだりかじったりしてみたりすることで、当の対象が実際に、周知で期待される反応、匂いや味、固さ?(Konsistenz)等々を提供するかどうかを確かめる。注意深く観察する動物は、一度は人間に似たカカシによって驚かされはするが、すぐに次の観点に至る。すなわち、ここで、人間という典型の重要な反応、運動、位置変化、攻撃的な振る舞い等々が欠けているということである。この場合、次第次第に蓄積される、諸経験や諸反応の集合に関する記憶は、既に潜在的或は潜在可能的に、典型的表象と結び付けられており、そのような記憶は、ある吟味的な行為のもと、次第次第にではあるが意識下に置かれるようになる。私にはこの点に於いて、各々の個人的な瞬間的表象とは異なる、概念の特徴を示すものが存すると思われる。後者(個人的な瞬間的表象)は、組織的にその数を増やすことによって、全くゆっくりではあるが、前者(概念)に成長する。それだから我々は、持続的な移行を目の当たりにすることができる。[私はこの点に関しては、我々人間が、(他の)高等動物と、その概念形成の始まりについて協議することはできないと信じる。]?
我々はこう考えることができる。すなわち、ウサギは、キャベツや人間、イヌやウシの典型的な表象を早所有し、従ってウサギは、当該の知覚や、付随的な典型的表象に結びついているところの直近の諸(観念)連合(Associationen)の結果、第一の表象(キャベツ)によって惹きつけられ、第二、第三の表象(人間およびイヌ)によって逃走し、第四の表象(ウシ)に対しては無関心である。しかしこの動物の経験が増えるにつれ、これら典型(キャベツや人間)の各々という対象についての共通の諸反応が、より多くウサギの知るところとなる。その諸反応は、全てが同時に、ウサギの持つ表象のうちに、活き活きと起こり得るわけではない。この動物が、キャベツに似たある対象に惹きつけられる場合、即座にそれを吟味するような動作が引き起こされ(ausgelo:st)、匂いを嗅いだりかじったりしてみたりすることで、当の対象が実際に、周知で期待される反応、匂いや味、固さ?(Konsistenz)等々を提供するかどうかを確かめる。注意深く観察する動物は、一度は人間に似たカカシによって驚かされはするが、すぐに次の観点に至る。すなわち、ここで、人間という典型の重要な反応、運動、位置変化、攻撃的な振る舞い等々が欠けているということである。この場合、次第次第に蓄積される、諸経験や諸反応の集合に関する記憶は、既に潜在的或は潜在可能的に、典型的表象と結び付けられており、そのような記憶は、ある吟味的な行為のもと、次第次第にではあるが意識下に置かれるようになる。私にはこの点に於いて、各々の個人的な瞬間的表象とは異なる、概念の特徴を示すものが存すると思われる。後者(個人的な瞬間的表象)は、組織的にその数を増やすことによって、全くゆっくりではあるが、前者(概念)に成長する。それだから我々は、持続的な移行を目の当たりにすることができる。[私はこの点に関しては、我々人間が、(他の)高等動物と、その概念形成の始まりについて協議することはできないと信じる。]?
